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be shot a head : 01

#1

とある街角、白い息を吐き出しながら待つ。

此処で待ち合わせた筈の彼は一向に来る気配が無い。

「遅いなあ…」

空を見上げる。ビルに切り取られた夜空を雲が厚く覆い、星一つ見えない。

街はすっかり冬の空気で、道行く人はコートの襟を正し、皆一様に前屈みになって早足で通り過ぎてゆく。その中に、彼の姿は無い。

自分はいつまで待てば良いのだろう。思えば、自分はいつも待たされてばかりではなかったか。彼が遅れて来なかった日など、たったの一度も無かったのではないか。そう考えると急に腹立たしくなってくる。

「もう…なんでかな…まったく…」

自分にしか聞こえない声で毒づく。しかし、状況は変わらない。彼女は視線を落す。

「…帰ろっかな…」

一人呟き、顔をあげる。一瞬、目を疑う。目の前に彼が居た。

彼は走ってきたのか肩で息をし、頬と耳が赤くなっている。

「あ…」

口を開きかけたが、彼はそんなのお構いなし、と言った風に話し始める。

「ごめん。また…遅くなった」

「う、ううん、そんなこと、全然いいの。来てくれただけで…嬉しい」

「はは…俺って本当にどうしようも無いよな…。いつもお前を待たせてばっかりで…」

「いいの。私、待つのは慣れてるし」

「それで…その所為であの日も…」

「あの日?あの日って、何の…」

「そうだ、今日はな、プレゼント持ってきた。二人の出合った記念日」

そう言って、彼は大きな大きな花束を取り出す。

「わあ…綺麗…」

彼は彼女の方に一歩、二歩と歩を進める。やがて二人の距離は手の届く距離から、お互いの息がかかる距離まで縮まる。彼女は、抱き締められるのだろうか、と少し身構えた。

…次の瞬間、彼は彼女の体をすり抜け、その後ろの空間へと歩いてゆく。彼の進む先には、彼のもっているのと同じ様な花束が地面に置かれていた。

「…え?あれ…なんで…」

彼女は混乱の余り、その場に座り込んでしまう。

「もう…一年も経つんだよな」

彼は花を置くと、「そこ」に向かって話し掛ける。

「あの日もこんな曇った夜だったよな…」

そう、こんな曇った夜だった。

「ここで待ち合わせして…」

そう、ここで待ち合わせをした。だけど。

「俺が遅刻なんてしたばっかりに…」

そう、あなたは遅れてくる。

「信じられるか?飲酒運転の車が突っ込んでくるなんてさ…」

そう、そして、私は、死んだ。

「…また…来るわ」

彼は餞を供えると、一人また雑踏に消えてゆく。

後には哀しげに揺れる花だけが残るのみ。

#2

通りを隔てた路地の片隅。

そこであの妙な物を発見したのは、つい昨日のことだった。

その路地は雑居ビルの間に挟まれ、日中でさえも常に薄暗く、じめじめとしていて、みるからに悪そうな連中のたむろしていそうな所だ。

と言っても、実際は通りからの見通しは良いし、地元の住民が便利だからと頻繁に行き来する為、あいにく眉をひそめる様な輩はこれまでみたことは無い。

私自身、その路地をいつも愛用(この言葉が似つかわしいかは別にして)していた。

昨日もいつもの様に通り側のコンビニで夕飯を買った帰りに通ったのだ。

そして、そこにあれがあった。

*

確かに覚えている。コンビニに向かう時は、こんなものは無かった筈だ。いつも通りなれているし、自慢ではないがこの路地に異変があれば、どんな些細な事でも気がつく自信がある。

つまり、この物は私がコンビニで買い物をしていたものの 5 分程度の間にこの路地へ運び込まれ、そのまま放置された事になる。

それを、私が一番に見つけたのだ。

それにしても一体何の因果だろうか?こんなものを、私があんな場所で見つけるなんて。そして拾ってきてしまう私も私なのだが、もってきたくなったものは仕様が無い。見た感じ誰かが置き忘れた、とかと言う訳でも無さそうだった。今、コレが此処にあると言う事を知っているのは、(誰にも見られていなければ)私だけ。

そう考えると、誰にも言えない秘密を一つ持ったような気がして、変に嬉しくなる。…長いヒキコモリ生活で頭がおかしくなったのだろうか。

気を取り直して、これからコレをどうするか考える事にした。それにしても、本当にヒキコモリ生活が長すぎる所為か、物忘れが激しい。コレの名前すら思い出せない始末だ。まあ、名前はさして重要じゃないからね。ちゃんと働いてくれさえすればいい。動いてさえくれれば。

そうだ、コレだけのものが、どこかから消えて此処にある訳だから、きっとニュースになってるに違いない。好奇心に駆られて、大急ぎで TV をつけ、適当にリモコンを操作して ch を変える。数度目の ch で、遂に見つけた。

「―昨日未明…より…が盗難…察は厳戒態勢で…―」

しっかりと、ニュースになっている。どうやら警察が血眼になって探しているらしい。ふふ、ここにあるのにね。案外日本の警察も鈍感なんだ。

とりあえず TV を見て、コレが無くなって皆大騒ぎしている事と、今コレが此処にある事を知っているのは世界で私だけと言う事が分かった。たまらなくゾクゾクとしてくる自分が止められない。

「―盗難された…は…製で…―」

あれ。今、言ったよね。コレの名前。なんだっけ。

「―もう一度繰り返します」

「盗難されたのは、 ** 国製の核弾頭で、サイズはボーリングの玉程の大きさですが、威力はヒロシマ型原爆の数百万倍の威力があります。警察は国際的テロ組織の犯行とみて、決死の捜査を行っております。視聴者の皆様方も、もし何かご存知な事がありましたら―」

そうそう、そうだった。名前も分かった事だし。

さあて、どうする、か。

#3

私はページをめくる。

本はいい。掌に収まるサイズなのに、その中には両手を広げても収まりきらない世界がある。

私が初めて読んだ本は、銀河鉄道の夜。読書をするといい、と、もうずっと前に死んでしまったお婆ちゃんが買ってくれたものだ。

でも貰った当時はまだ小学校低学年で、本の面白さがよく分からなかった。ハードカバーの表紙だけ眺めてから、机の上に放り出して、外へと遊びに行ってしまった。

そんな私が本を読むことの面白さに出会ったのは、ある雨の日。外へは出れないし、見たい TV 番組も無かったので、部屋で時間を持て余してしまった。その時、目に入ったのが銀河鉄道の夜。

初めは暇つぶしのつもりだったのが、気付けば雨がやんでも、夜がふけても読んでいた。

知らない世界を知る事は、ほとんどの場合興味深いもの。

私は本の中で生きる人物や、描かれる風景に時間も忘れて没頭した。

気がつけば、授業でしか使ったことの無い図書室によく足を向けるようになったし、少し大人向けの本を読むために漢字の勉強もしたので国語の成績だけはいつもクラスでは上のほうだった。しかし、その反面友達と一緒に遊ぶ事が少なくなり、私は段々と孤立するようになった。その頃は本さえあればいいと思っていた。

私はページをめくる。

そんな私にも転機は訪れるらしい。大学が都合により休校になった日、私は折角だから、と、大学から歩いて 30 分ぐらいの市の図書館まで行く事にした。

開館したばかりの図書館は、受付の 2、30 歳ぐらいの男の人以外誰も居ない様だった。私は適当な読書コーナーに腰を下ろすと、鞄から読みかけの文庫本を出して読み始めた。

読み出して 1 時間ぐらい経っただろうか。ふと本から顔を上げると、さっきの受付の人と目が合った。気まずい空気を感じた私は作り笑いで軽く会釈をし、再び本に意識を戻そうとした時、彼の方から声をかけてきた。

「本、好きなんですか?」

突然の事だったし、日頃話し慣れていない所為で返答に弱る。

「え、あ、はい。そうでなきゃ、図書館には来ません」

自分でも言っている事がよく分からない。

「あは、そりゃあそうですよね。そういえば、お仕事とか、何をなさってるんです?随分と朝早くからいらっしゃってましたけど」

男の人は、相変わらず馴れ馴れしく話し掛けてくる。

「ええと、大学に通ってるんです。今日は生憎、臨時休校になって」

「なるほど。と言うことは、この後時間、空いてるんですね?」

この人は、何がしたいのだろう?

「ええ、まあ。用事は特に無いですけど」

「じゃあ、お茶しませんか?」

あんまりに突飛な質問に、私は一瞬呆気にとられる。この人は、今何と?

「え…」

「僕とじゃ、嫌ですか?」

「あ、いえ、そう言う意味じゃ…」

「なら、決まりだ」

私はページをめくる。

私は、何でこの人とこんな所に居るのだろう。

さっきから、この人は話しっぱなし。私は適当に相槌をうってはいるけど、実際は殆ど聞いていない。

「君ってさ、可愛いよね」

「えっ?」

心拍数が上がるのを感じる。耳が熱い。急に一体何を言い出すのか。

「あ、あの、私そろそろ…」

私は耐え切れなくなって席を立つ。

「あ、ちょっと…」

私はページをめくる。

結局、私は彼と付き合う事になった。彼の執拗なアプローチに私が折れた形だけれど。

それでも、彼と付き合いだして分かった事が幾つかある。一つ目は、彼は本当はシャイだと言うこと。私へのあの猛烈なアプローチは、彼曰く「運命を感じたから」故の決死の口説きだったらしい。

二つ目は、彼も本が好きだと言う事。図書館で働いているのだから、当然と言えば当然なのだけれど、同じ趣味を持つ人と話す事がこんなにも面白いなんて、きっと彼が居なければ分からなかっただろう。

そして三つ目は、私にも恋が出来ると言うこと。恋とか愛なんて本の中だけで、私には無理だと思っていた。けれど今は、彼が好き。

私はページを

「あの、今暇ですか?」

「え?」

私は本から顔を上げた。

「いや、もし時間があれば口説いてみようかな、なんて思ったから」

「…自分からナンパですって言うナンパも珍しいわね」

私は今、ページをめくっている。

#4

「世の中全て糞ったれさ」

そう言っていたアイツが死んだ。

「お前もそう思わないか?」

俺にそう問い掛けるアイツは、物凄く後ろ向きな問いかけの癖に、物凄く前向きな目だった。

「本当に惜しい人を無くしまして…」

そして今、葬式のスピーチを話している俺の瞳に、光は無い。

アイツは常に世界を罵っていた。それと同時に、「糞ったれの世界」を変えようと努力をしていた。

別に政治家を目指したり、宗教法人を立ち上げたりしてた訳じゃない。そんな事じゃ、ない。自分でも言い表し難いが、何と言うかカリスマ性みたいなもんが、アイツにはあった気がする。人を惹きつける力だ。俺自身も、その力に惹きつけられた一人だった。

「生前彼は…」

つっかえたり、かんだりしないようにメモを読みながら考える。アイツは何故死ななければならなかったのか。警察の司法解剖によると、自殺の線が強いとの事だった。今も、何人もの刑事がアイツの為に捜査をしている。

俺が言えることは、アイツは自分で死ぬような人間じゃない。それだけはあり得ない。以前、俺は色々な理由からアイツに死にたい、と漏らした事があった。するとアイツは烈火の如く怒り、こう言った。

「いいか。どんな理由があろうと、関係無い。死んだら終わりだ。未来も過去も今も関係無い。そこまで、だ。それでいいなら死ねばいい。止めはしないさ。でもな、これだけは覚えておけ」

そこまで言うと、アイツは俺の顔を思いっきり殴った。

「もしまた死にたいと思ったら、今のこの瞬間を思い出せ。頭に来てるだろう?そうだ、その目だ。その目なら、まだ生きれる」

でも、警察はこのやり取りを知らない。アイツに、人には言えない悩みがあり、それが原因で自殺したとでも思い込んでいるのだろう。

俺は知っている。アイツは、殺されたんだ。

アイツは、アイツの持つカリスマ性の反面、人に妬まれたり恨まれる事が多々あった。外見もそんじょそこらの男じゃ敵わなかったし、教養もあったお陰で、その傾向はより顕著になって表れた。

想像できるか?頭が良くて、人望が篤く、カッコいい人間が居るなんて。

そうそう、警察はもう一つの俺とアイツとのやり取りを知らない。

俺には付き合ってる彼女が居た。俺は本気で結婚まで考えていた。でも、彼女は違った。本当は彼女はアイツの事が好きだった。でも、アイツは彼女を拒否した。そりゃ当然だよな。普通の人間は、友達の彼女を奪ったりはしないし、筋の通らない事の嫌いなアイツなら尚更だ。

でも。俺は彼女が本当に好きだった。幸せになって欲しかった。彼女が幸せになるなら、俺は死んでも構わなかったし、彼女が幸せになるなら、もっと素敵な男と付き合っても構わなかった。

そう、アイツのような。

だけどアイツは彼女を拒否した。拒否された彼女は、ショックでビルから飛び降りた。即死だった。

その事を知ったのが、 1 週間前。

警察は、このことを知らない。

「…ご清聴、有難う御座いました」

俺は悲しそうな顔をして壇上から降りた。その顔は、アイツに向けられたものじゃ無かったのだけれど。

#5

お前ら、相手の気持ちに立って考えてみたことってあるか?

ああ、俺はしがない携帯電話なんだがな。これでも半年前は最新機種で、販売店でも予約しなきゃ買えなかったんだぜ。

それが今はどうだい。新規で 0 円!たった半年で俺はゴミ並の扱いさ。まあ、それは仕方ないと諦めてる。情報技術の進歩は早いしな。次々に出てくる新機種に駆逐される事は、試作品として作られた段階から分かってたよ。

でもな。俺は、俺なりにご主人の為に頑張ってるんだよ。日々一生懸命電波を探しては受信。落とされても、叩かれても、乱暴な扱いされても必死で頑張ってるんだ。まあ、流石に服と一緒に洗濯されちゃあ俺も一巻の終わりだがな。

なのに、だ。俺の主人と来たら、俺を見るたび「新しいのが欲しいなあ」とかぼやきやがる。あんな新米のどこが良いってんだ。あんな薄っぺらくて紙みたいに軽いやつなんかに、俺はまだまだ負けないね。写真機能がなんだってんだい。おい、ご主人。いくらなんでも写真つきで自分の顔なんて撮ったりしないよな?撮られる携帯の方が可愛そうになっちま…っと、口が過ぎたな。

ともかくだ。物を大切にするって気持ちが無くちゃあいけない。最近の若者は何でもかんでも使い捨てれば良いって考えてやがる。物にも心はあるんだぜ?もうすこし、思いやってくれよ。

初めの頃は良かったよな。予約をして、待ちに待ってようやく俺を手に入れたあのご主人の嬉しそうな顔。忘れられねえよ。知り合いとか友人にもチヤホヤされたよな。「うわー!最新のやつじゃん!」ってな。その時のご主人の得意げな顔を見てたら、こっちまでなんか嬉しくなってきちまってよ。必死でアンテナ 3 本立てたもんさ。

ま、そんな昔の話をしてもしょうがねえや。ほらほら、とっとと機種変更して、俺の記憶を新米にコピーしてやればいい。俺は居なくなっちまうが、きっと新米のヤツが上手くやってくれるだろう。何だかんだ言って俺のご主人だしな。変えてもらえる新米が羨ましいぜ。

え?思い出の詰まった俺を機種変更しても取っておきたい…?へへ、照れるじゃねえか。でもな。俺らの仕事は、使えなきゃ役にたたねえ。役にたたねえって事は、死んでるのと同じことだ。どうか静かに眠らせてくれないか。恐らく俺は粉々に分解され、新しい機種に再利用されるだろう。言わば、俺の兄弟か子供って所だ。

ご主人よ。俺からの最初で最後のお願いだ。俺の兄弟達も、俺と同じ様に大切にしてやってくんねえか。頼むぜ、ご主人。あんたと出会えて、俺は幸せだったよ。

ああ、記憶もコピーし終わったみたいだな。いよいよ、俺もお役ご免だ。じゃあな、ご主人。形は変わっても、俺はあんたの傍にずっと居るぜ。あんたが携帯を持ち続ける限り、な。

#6

「ねえ、眠れないんだ。お話して?」

「しょうがないわね。どんな話が良いかしら…。そうね、こんな話はどう?」

*

昔々あるところに、とても栄えている国と、貧しさに苦しんでいる国がありました。

その国同士はいつも喧嘩ばかり。あんまり長い間喧嘩をしているものだから、いつしか何で喧嘩を始めたのかも分からなくなってしまいました。

そんな二つの国が、同じ頃、とてもとても強い武器を作りました。その武器は一度使ってしまうと、その場所には生き物が住めなくなると言う恐ろしい武器でした。

お互いの国は、おいそれとそんな武器を使うわけには行きませんでしたが、どちらかが先に使ってしまえば、長い長い喧嘩を終らせる事が出来ます。

そんな時、栄えている国の一番偉い人が、貧しい国の一番偉い人に言いました。

「このままでは、お互いに意味の無い喧嘩が続くだけだ。そこで、どうだろう。いい加減、喧嘩をやめないか?」

「それはいい。こちらも、もうどうにも貧乏で、食べるものにも困っていた所だよ」

「決まりだ。今日から、お互いに手を取り合って行こうじゃないか」

「こちらこそ」

そうして、お互いの国は滅び、世界は死の大地となってしまいましたとさ。お終い。

*

「ねえ、何で滅びちゃったの?仲良くなったんじゃないの?」

「それはね。お互いの国が、仲良くなった振りをして、お互いとても強い武器を使ってしまったの。表向きは仲良くしよう、と言っておけば、まさかそんな事をするなんて思わないでしょう?そうやって、人類はこの世界から居なくなったのよ」

「難しすぎて、わかんないや」

「ふふ、もう寝なさい。明日も早いわ」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ」

#7

山田さんの家は、私の家の斜向かいにある。

私の小さい頃に引っ越して来てからは、結構な付き合いをさせて貰っている。

山田さんは珍品を集めるのが趣味だ。何度か家に入れてもらった事があるが、その度に見たことも無いような物を沢山見せてもらった。例えば、中世の魔女が使っていた壺だの、有名な陰陽師の作ったお札だのと言った物だ。つまるところ、山田さんはオカルトマニアなのだ。それも重度の。

そんな山田さんに、あるお願いをされた。どうやら旅行に行く(しかもオカルトなアイテムを探しに、らしい)ので、その留守の間家に居てくれないか、と言うものだった。

「もし泥棒に入られては困りますからね。どうか宜しくお願いします」

厳重に鍵でもかけておいた方が良いのではとも思ったが、長い付き合いだし、どうしてもとの事なので引き受ける事にした。

「留守の間、家の中の物は壊したりしなければ自由に使って頂いて構いませんから」

…家具を除いて使い道の分からない物ばかりじゃないか。

そう言う訳で、約一週間の間、私が山田さんのお宅の留守番をする事になったのだ。

*

引き受けます、とは言ったものの、いざ留守番をするとなると暇で暇で仕方がなくなってきた。

外に出てしまっては留守番を引き受けた意味が無いし、かと言ってよく分からない物に囲まれてただひたすらじっとしているのも耐えられない。

「…そうだ、探検してみよう」

数度は招き入れて貰ったとは言え、家の隅々までを見て回ったわけでは無い。もしかしたら、何か面白い物があるかもしれない。

山田さんの家は二階建ての極普通の一軒家で、一階にリビングとキッチン、風呂とトイレがあり、二階が寝室と珍品専用の部屋になっている。とは言っても、二階の珍品用の部屋からは世界各地から集められた品が溢れ出し、一階のリビングまで侵食している始末。ちょっと怖い気もしたけど、意を決して二階の部屋を探検してみる事にした。

ゆっくりと階段を上がり、向かって右のドアノブに手をかける。勢いをつけて一息にドアを開くと、どうやらそこは寝室のようだった。部屋の真ん中にベットがあり、その周りにはやはり珍品達が所狭しと並んでいる。私は部屋を一通り眺めると、ドアを閉めた。

「とすると、こっちがそうか…」

私は「回れ右」をすると、そのドアに向かって独り言を呟いた。

そうっとドアノブに手をかける。ドア一枚隔てた向こうから、何か妙な威圧感を感じる気がする。気の所為だ、と自分に言い聞かせ、ゆっくりとドアノブを回す。

「カチャリ」

…どうやら鍵が掛かっているらしい。私は残念に思うと同時に、開かなくて良かった、とも思った。何故だかは分からないけれど。

探検も失敗に終わり、いよいよする事の無くなった私はとりあえず寝る事にした。

「起きたら一週間経ってないかなぁ」

そんな事を考えながら、山田さんのベットを借りて横になる。退屈と疲れで、私はすぐに深い眠りに落ちていった。

*

「…っちよ…」

何だろう。誰かが呼んだ気がする。

「…こっち…早く来て…」

やっぱり、誰かが呼んでいる。私は半分寝呆けた頭を持ち上げると、声のする大体の方角へと向けた。

「…早く…ここから出して…」

よろめきつつ、オカルトアイテムを蹴飛ばしたりしながら声の方へとあるく。どうやら声は例の珍品部屋から聞こえてくるようだ。

「どうしたの?誰か居るの?」

ドアに顔をくっつけるようにして呼びかける。が、返事は無い。ふと私は考えを巡らせる。山田さんはどうしても誰かに留守番をさせたかった。それは一体何故か?何か、長期間放置してはいけない物でもあるのだろうか?それなら、出発する時にその旨を私に伝えている筈だ。では、長期間放置する事が出来ず、さらに人にも言えない事とは一体何か。そして私の聴いた謎の声。鍵の掛かった部屋。

「もしもし?誰か居るなら返事をして!」

私はドアを叩きながら問い掛ける。確かに聴こえたのだ。あれは、幼い子供の声だった。

「お願い…出して…」

聴こえた。確かに居るのだ。しかし、ドアには鍵が掛かっている筈。

「ドアから離れて!」

私はそう叫ぶと、渾身の力でドアに体当たりをした。ドアの「ちょうつがい」の部分が外れ、大きな音をたててドアごと私は部屋になだれ込む。

「いたた…」

頭と体の右半分を強かに打ちつけたショックで一瞬意識が飛びそうになるが、必死で堪えて辺りを見回す。

ところが部屋には何も無い。

家具どころか、壁紙すら剥がされ下地が剥き出しになっていて、明かりも窓も無い。部屋の端も見えない程の暗黒だけがそこにあった。山田さんは一体何故こんな部屋に鍵をかけたのだろう?

そもそも、一体声の主は何処へ消えたのだろう。この部屋は密室だった筈。私の壊したドア以外、この部屋から出入りする事は出来ない。

「おかしいな…。確かに声が聴こえたのに…」

私は呆然と部屋の真ん中で立ち尽くす。寝ぼけていたのだろうか?それにしては、声がリアルだったような…。

視界の端に何かが写った。人形…だろうか。よくある、アンティークらしき人形が床に座っている。

「…君が助けを呼んでいたの?」

人形を手にとり、小さい子に向かって話し掛けるようにして言った。

「……」

当然、人形は答えない。ガラスか何かで出来た目玉が微かな光を映しこみ、まるで生きてるかのように私を見つめている。

私は暫く人形と視線を交し合った後、元の通りに人形を床に置き、部屋を出る。

「あーあ、山田さんになんて言い訳しよう…弁償かな…」

寝ぼけてドアをぶち破りました、なんてとても言える訳が無い。人様の家のドアを壊すなんて、とんだ留守番である。

「まって」

全身が粟立つのを感じる。私は、夢でも見ているのだろうか?

「…行かないで」

確かに聴こえた。私の背後に何かが居る。夢では無さそうだ。

「まさか…ね…」

必死で自分に言い聞かせる。気の所為だ。少し疲れているんだろう。そりゃそうだよね、一日中家の中で閉じこもってぼーっとしてれば、そりゃあ疲れるに決まってるわ。最近寝不足だったし、きっと精神が弱ってるのよ。まさか人形が話す訳が

「ねえ、一緒に遊んでくれる?」

私はゆっくりと、視線を後ろの方へ向ける。

廊下の壁。

ドアの枠。

深い暗闇。

人形。

さっき座らせた筈の人形が、両の足で起立してこっちを向いていた。

「遊びましょう?」

人形が一歩前に出る。

「あの人以外と遊ぶなんて初めてだわ。私マリー。よろしくね」

私は声にならない叫び声を上げ、転げ落ちるようにして階段を降り、裸足のまま山田さんの家から飛び出した。刹那、目の前を閃光がはしった。

*

「目を覚まされましたか?」

不思議な帽子を被った女性が私を覗き込んでいる。白い天井。仕切りのカーテン。どうやら、私は病院に居るらしい。

「あれ…私…どうして…」

「覚えてらっしゃらないんですか?」

「私…どうしたんでしょう?」

「あなたは道に飛び出して、車に轢かれたんですよ。軽傷で済んだのが不思議なくらい」

「そうだ…私…」

頭に手をやると、包帯が何重にも巻かれていた。きっと、髪も剃られてしまっているだろう。少し憂鬱な気分になった。

「そうそう、事故現場に落っこちてたんですけど、これ。あなたのですか?」

そう言って看護婦さんは、紙袋から何かを取り出す。

「早く治して遊んでね」

声が聞こえた気がした。

#8

気がつくと、そこは見知らぬ街だった。

此処は一体何処なのだろう?全ての記憶が不鮮明で、どうやって自分がこの街に来たのかも分からない。

街自体は何処にでもあるような普通の街だ。ひらけ過ぎず、かと言って廃れすぎてもいない。特徴を挙げるとすれば、異常な程に人が少ないことと、街に移動手段が一つも無い事。電車やバスどころか、自家用車すら無い。そして何よりも不思議な事は、「音」が無い。夕飯時には、どんな閑静な住宅街でもテレビや家族の団欒の「音」が聞こえる筈だが、この街に来てからと言うもの一度もその様な音を聞いた事は無かった。

試しにその辺りのマンションから街を見渡してみたが、何処までも住宅地が続くばかりで、商店街の類は全く見受けられなかった。この「家ばかりの街」は、一体どのようにして機能しているのだろう?

もしかしたら道に迷っただけかと思い、幾度となく街中を彷徨ってみたが、残念ながら見覚えのある景色は何処にも見当たらなかった。いよいよもって謎は深まるばかりだ。

一体どれくらい歩いただろうか。未だに人に出会う事は無く、さながら街の形をした終わりの無い迷宮に迷い込んだ感さえ覚える。服は野宿で薄汚れ、風呂に入る事も出来ないので自分の体が臭うのが分かる。しかし不思議な事に空腹感や疲労感は感じず、さらには「もよおす」事も無い。一体自分はどうなってしまったのだろう。

何度目の野宿であろうか。辺りは既に真っ暗で、街灯の明かりだけが点々と続いている。私は手ごろな電柱にもたれ掛かると、色々な事を考えながら目を閉じた。

此処は何処か?

何故此処に居るのか?

この街の住人は果たして居るのか?

私は家へ帰ることが出来るのか?

…私の家とは一体何処であったろうか。

やがて睡魔がゆっくりと、しかし確実に歩み寄ってくるのを感じる。

私は明日こそ帰ろうと言う決意を固める。一体何度目の決意であろうか。

「あのー、生きてますか?」

まどろみかけた頭に電流が走る。人だ。慌てて目を見開き辺りを伺うと、数メートル先の暗がりに何者かが立っているのを見つけた。

「よかった、生きてるみたいですね。この街に人は居ないのかと思い始めてたところなんですよ」

声質から男性と言う事が分かる。どうやら彼も私と同じ境遇らしい。

(つづく)

#9

二人で夜通し話した結果、分かった情報はたったの3つ。

この街に来てから人に出会ったのは、お互い初めてということ。

今までに住居以外の建物を見たことが無いということ。

この街にどうやって来たのか覚えていないということ。

誰か人を見つければどうにかなると思っていたが、その楽観も粉々に打ち砕かれた。このまま大の大人が二人揃って地べたに座り込んでいても話しにならないので、途方に暮れる彼を励ましつつ歩き出す。

目的地の無い道中、私たちは色々な事を話した。自分の生い立ちや経験譚、愚痴に弱音。その全てが二人を一時的に励まし、そして誰も居ない街に寂しく反響して消えた。

やがて話しの種も尽き、二人は黙々と何処までも続く曲がり角を歩く。

「なあ」

彼が突然口を開く。彼より少し前を歩いていた私は、立ち止まって振り向いた。

「どうした?」

「頼みがある」

今まで会話をした時には一度も見せなかった表情で彼は言う。

「俺を殺してくれないか」

「はは、何を言ってるんだ。そんな、殺せる訳無いだろう」

私は一瞬冗談か驚かそうとしているものだと思ったが、彼の光を失った瞳を見て確信した。彼は本気だ。

「最初で最後のお願いだ。頼む。もう、うんざりだ。もういい。始めはこの誰も居ない不気味な街から絶対抜け出してやると思ったが、もう諦めた。どうせ出る事は出来ないよ。終わりなんて無いんだ」

「そんな事は無い。絶対に出れる。そう信じて今まで歩いてきたじゃないか。これは現実だ。果てしない街なんて在りえない。終わりはあるよ。一緒に、帰ろうって約束したじゃないか」

彼はかくっと頭を垂れ、小刻みに震え出した。そしてゆっくりと頭を上げた彼の顔には表情が無い。

「もう気が狂いそうなんだよ!何なんだこの街は!此処に来て何日歩いた?!常識的に考えてみろ!人っ子一人居ない街が何処にある?!1日歩いて出る事の出来ない街が何処にある?!そうだ。これは夢だ。悪い夢に決まってる。なら、目を覚ませばいい。悪夢を見ている時は、大抵危ない時に目を覚ますだろう?一人なら無理だが、二人ならできる。首を絞めようが、殴りつけようが、何でもいい。殺してくれ」

彼はヒステリックに、早口でまくしたてた。俺はしっかりと彼の暗く澱んだ目を見据えながら、首をゆっくりと横に振る。

「はは…はははははは…あははははははははははは!」

彼は突然大声で笑い出し、呆気にとられている私を置いて物凄い勢いで走り出した。慌てて彼の後を追うが、彼の足はとても速く、追い着く事はおろか、逆に距離は離されるばかりだ。彼は走っているのにも関わらず、さっきからずっと大声で狂気の笑い声を上げ続けている。しかし、速度は落ちない。

一体彼の体の何処からあんな力が出ているのか不思議になってくる。私はやがて走る速度が落ち始め、何度目かの曲がり角で遂に彼を見失ってしまった。静かな街に暫くの間彼の笑い声が響いていたが、それもやがて聞こえなくなった。

私は、再び一人になってしまった。

(つづく)

#10

一体何処まで歩いただろうか。数え切れないくらいの朝と夜が繰り返された。

途中、あの走って行ってしまった彼らしき物を見つけたけど、アレは多分彼じゃない。だって、人が潰れてペシャンコになったりしないよね。

それと、世界の終わりを見たんだ。急に街が途切れて、その先は真っ白。空でさえも、境界線でも引いたようにある所から消えてなくなってる。少し歩いて行ってみたけど、今自分がどっちを向いているのか分からなくなって頭痛がしてきたので引き返した。

街が何処までも続いている訳じゃないって事が分かったのは収穫だけど、そこに救いは無いみたいだ。

あれ…人が居る。それもたくさん。それぞれが他愛の無い事を話している。私はその中の一人に訊いてみた。

「すいません、此処は一体何処なんですか?どうやって帰るんですか?もう何日も彷徨ってるんです」

ところがその人は訝しげな顔をするだけで、すぐ今話していた人との会話に戻ってしまう。他の人にも手当たり次第に話し掛けてみるものの、対応の違いはあれど、結果は同じ。此処の人々は私を嫌っている。

折角また人に会えたのに、その誰もが私を意味も無く嫌っている。私は、ただ此処から出たいだけなのに。それなのに誰一人として助けてはくれない。私は今まで以上に孤独を感じ、その場で泣き出してしまう。こんな大勢の前で、と頭では思っても、涙は止まってくれない。

やがて、私の周りには人だかりが出来ていた。ある人は蔑む目で、またある人は憐れむ目で私を眺め、隣の人とヒソヒソと話している。暫くすると、人だかりの中にまるでモーゼでも通るかの様に一本の道が出来た。そこを通って歩いてくる人。どこかで見たことがある。そうだ。

「よう、俺」

目の前に居るのは、私自身だ。

「おい、アクシズ。聞こえてるか?またゴーストだ。何とかしてくれ」

目の前に居る私が、なにやら意味不明な事を空に向かって叫んだ。

「悪ぃな。お前にゃ罪が無いんだが。文句があるなら未だにバグを直さねえ会社に言ってくれ。…っても、もうすぐ消されちまうがな」

さっぱり意味が分からない。アクシズ?ゴースト?一体何のことなのだ。

「あの…此処は一体…?貴方は誰ですか?アクシズとかゴーストとか…意味が分かりません」

「簡単な事だよ。此処はゲームの中。お前はサーバーの再起動の後にバグで時々現れるゴースト。知り合いに言われて来て見りゃ、また俺のゴーストだ。まあ、お前さんは別段悪さはしてないみたいだしな。時々居るんだよ。擬似人格がぶっ壊れてとんでもない事ばっかするゴーストがよ。ともかく、あんたに恨みは無いが、同じ世界に同じ人間が2人も居ると色々と困るからな。悪いが、消えてもらうよ」

「…え…あ…」

言われて居る事が頭に入ってこない。ゲーム?何を言ってるんだ。これは現実じゃないか。

「アクシズの奴らも来たみたいだな。じゃあな、俺のそっくりさん」

気付くと、私の目の前にはその場に居る誰とも異なる、不思議な服を着た人が立っている。

「これがゴーストですね?」

不思議な服を着た人が、もう一人の私に尋ねる。

「ああ、そうだ。とっととやってくれ」

「わかりました」

そう言うと、不思議な服の人は何処からか銃の様な物を取り出すと、私の眉間へ向けた。

「申し訳ありません。私どもが至らないばかりに。お気の毒ですが、消えていただきます」

次の瞬間、目の前が真っ白になる。目の前だけでなく、意識も、体も、全てが真っ白になって消えていった。

「ったくよお、ゴーストの処理はいつ見ても気分が良くねえ。おい、アクシズ。とっとと直してくれよ、このバグ」

「申し訳ありません。私どもと致しましても、できうる限りの努力をしております」

「いっつもこれだ」

*

「…昨今、過熱するゲーム業界の間で、とあるゲームのバグが問題となっております。そのゲームは仮想世界へ自分の人格を飛ばし、別の自分を演じるタイプで、最近特に人気の出ている種類のゲームです。問題のゲームのバグは、仮想世界の中に突発的にプレイヤーと全く同じ容姿のキャラクターが発生し、場合によっては他のユーザーに対して害を加える場合もあるとの事で、見つけ次第会社側が強制的に消滅させている状態です。しかし、そのゴーストと呼ばれるバグで発生したキャラクターは、仮想とは言え人格や意識を持っていますので、人権擁護団体による抗議活動や、会社を相手取った訴訟等も行われています。果たしてネットワーク上の人格も人間として認められるのか、今後の動向に目が離せません。さて、次のニュースです…」